秋の曇り空(2026年10月5日)

なぜ負け続けてきたのか。

若かったから。

精神崩壊をしていなかったから。

考えるからこそ、欲が出る。希望を持つ。恐怖する。

そうなのではないだろうか。

今日の空は曇っている。

10月は一番好きな季節なのだが、金も職もない。

こんな絶望が果たして存在するのだろうか。

もはや復讐もクソもない。

ただ思考することなく、無として行動すればいい。

復讐劇であることを自覚すると、そこに心が宿ってしまう。復讐など、もはやどうでもいい。金がなければ死ぬし、金を得るためにはトレードで待ち伏せしなければならない。要するに、チーターのように待ち伏せしなければならない。待つことが仕事、まさにそうだ。エントリーする前は当然のこと、エントリーした後の利確サインまで待つ。それができないから負けてきた。そして、心があるからこそ負ける。

9割がマインドとは言うものの、心そのものを消してしまえば、それで済むのではないだろうか。

もはや思考することこそが面倒くさい。ならば、もう考えなければいいのではないだろうか。

どうせ他人はわかってくれないのだから、金のパワーで潰せばいいだけの話ではないだろうか。

もはや「覚悟」の問題ではない気がしてきた。覚悟ではなく、「無」として動くことこそ勝利へとつながるのではないだろうか。

・健康的な食事を摂る

・安全な車に乗る

・安くて良い酒を飲む

人が生まれてから成長し、やがて40歳を過ぎて老化してくる以上、パーフェクトゲームなどと言うものは存在しない。ただただ「無」として生き、やがて「無」として死ぬだけである。

「無」こそが最強なのではないだろうか。

今仮に50万円ポンと口座に振り込まれれば、とりあえず凌ぐことはできるだろう。それだけのことである。

最寄りのTSUTAYAにまさか3年前に出たばかりのゴブリンスレイヤーⅡのDVDが置いてなかった。これも時代と言うことだろう。もうサブスクで見るしかないということである。

逆に考えれば、今のこの地獄のような金欠を乗り切れれば、毎月支払いをしつつ、少しずつお金が貯まっていく状況にたどり着いただけでも、とてつもない幸せを感じられるのではないだろうか。

今は「無」でやっていくべきなのだろう。考えても意味がないし、悪い方向に行くだけだ。淡々と無を実行するだけでいい。

人間、落ちるときは落ちるということだ。まさかここまで急落するとは思わなかった。思えば4月末からずっとクソのような状況が続いていた。もうダメだったのだろう。あのまま続けていても意味がない。

筋トレはしたので、後は歯磨きして風呂入って寝るだけだ。とは言え、まだ16時前だ。さて、どうするか。

5年前は今頃失業保険をもらってウハウハだった。だが、結局「無」がなかったから、バイアスに負けた。

44歳から48歳までの4年間をどうするか。まず、俗にいう「おっさん」としての渋みを増すことである。嗜み、美学というところだろう。ただ老化するだけでは面白味がない。

「無」の力を使うとすれば、もう未来の不安や来月の支払いができるかどうか、それを考えることがバカバカしいと思ったので、何も考えない「無」になったということだろう。

考えることに意味を見出せない。

金と健康を重視するなら、食べ物など健康的な食事を毎日取ればいいだけであり、色々な物を食べる必要などない。特に体に悪い砂糖や油を摂取するなど愚の骨頂でしかない。

歯磨き終了。眠くなってきた。寝るか。まだ20時だけど。