追いやられた挑戦(2026年10月2日)

昨晩は22時前に寝て、今朝は5時半起き。非常に健康的な睡眠であり、まごうことなき日勤生活である。

今日は皮膚科に行く。歯磨き、髭剃り、シャワーを浴びて皮膚科に行こう。買い物は別にする必要がない。

2年前はよく宋世羅さんの「追いやられた挑戦」についての動画を見て、自分を鼓舞していたが、最近それがどうも違う気がしてきた。というより、もう頑張る気がないのだと思う。野村證券やフルコミの保険の営業とは違い、トレードは気合でどうこうするものではないと思うからだろう。

そもそも、別に他人と競い合っているわけではない。仕事は好きじゃないし、会社に行けばだいたい嫌な奴は少なからずいる。明らかに報われていない人生だが、それが現実である。世の中にはもっと大変な人もいるし、親を殺す引きこもりもいる。

「自分の過去や人生を肯定するために魂燃やす」という気持ちが、もう俺の中にない気がする。だからこそ、日勤で定時の仕事に就けるかどうか、今報告をずっと待っているだけである。

もうやる気がないのだろう。

人生がつまらなくなってきた。というより、時代が狂ってきている気がする。物価の上昇はまだしも、おそらくAIのせいでインターネットの娯楽がクソつまらなくなってきた気がする。AIは確かにすごいが、人間の想像力を奪っている気がする。

思えば、2003年に初めてPCを買ってネットにつないでから23年が経過したが、大学時代は格ゲーと麻雀、そしてたまに合コンに行ったり、そんなものだった。ネットでアニメが見れるようになったのは2006年のyoutubeでハルヒ、2007年のニコニコ動画で不正アップされたらき☆すたであり、その後は2010年もニコ動のパチものみたいな動画サイトで超電磁砲を見たりしていた記憶がある。

ただ、個人的にはもうアニメに飽きてきたし、youtubeもつまらなくなってきた。

ゴミみたいなAI動画、そしてゴミみたいなコメント。それは作る人間側の問題であり、AI動画ですごいものを作る人もいるが、今までの作り手を殺すような技術である。イラストレーターであり、アニメーターであり、CGクリエイターの人たちは結構殺されているのではないだろうか。

正直、もうやりすぎている気がする。ここまで進化するとは思っていなかった。

2003年は21歳だった。44歳になって、さすがに年を取ったし、経験もそれなりにあるからかもしれないが、飽きてきた。

スマホも何が進化しているのか全くわからないし、車はどんどんデカくなっていくし、余計な情報が多すぎる。

栄養食、睡眠、筋トレ、歯磨き、入浴。必須行動は当然の上で、今求めているのはトレードで結果を出すための儀式になってくる。余計な情報を入れないために、服はユニクロでいいし、車も目指すのは中古のスバルでいいし、後はどうでもいい。余計なことはしなくていいと思う。本も読みたくない。